私は自分の描くペン画のことを「線描画(せんびょうが)」と呼んでいます。
「線描画」という言葉は普通のペン画(線画)との区別を付けるために私が考えた造語です。
創作活動を始めた頃は、この言葉を使っている方は調べた限りいませんでした。
「点描画とは違うの?」「全て線で描いているの?」など、人々の反応は薄く初期は説明が大変でした。今でも認知度が上がったとは言い難いかも知れません。
私は作品を全て「線」で描きます。
夜空のような黒い部分も所謂ベタ塗りはしていません。
細かいアミカケ線を重ねて黒くして、星はホワイトを使用せずに紙の色を残すことで描いています。
点も使用しますが、点はベクトルが0(ゼロ)の線だと私は考えています。そこまで「線」に強くこだわる私の作品を紹介する際に、ペン画という言葉だけだと本質まで伝え切れていないと考えたのです。
なので「線描画」とあえて自分から新しい言葉で伝えることにしました。
例えば、アミカケ線にも実は色々な描き方があります。
縦横斜め45度…整然と並んだ線を重ねた黒と、ランダムに方向を変えて重ねた線の黒、カーブしながら重ねた線の黒、横線だけをひたすら重ねた線の黒、全てが違う黒になります。
その違いに気づいてくれる人は極めて少数です。
それでも私はその違いこそを描きたいと想っています。
質感を線で表現しようとする時、私は多種多様な線の重なりを駆使します。
宇宙のように果てがない闇なのか、地面はあるけれど光が当たらない暗さなのか、ベルベットのような質感の黒い布なのか…自分がイメージする黒を表現する時に、ただ色が黒いからと言う理由だけで描き方を決めてしまうことはしたくないのです。

↑こちらの作品は、背景のアミカケを2種類の方法で描いています。
左側は縦横斜め45度の角度を揃えて描いた線、右側はランダムな方向の線を重ねたアミカケ線です。(画像では見えにくいかも知れません)
線が指し示す方向には、意識が向かいます。
動物の毛の流れには、筋肉の動きの影響が見え更にその下の骨格の動きを想像させます。
植物は時に風になびいて葉の向きを変え、太陽に向かって枝を伸ばします。
川は重力に従って低い方へ流れて、雲は水蒸気と冷たい空気の流れを目に見える形に表しています。
全ての物事が物理法則に影響されて、宇宙を構成している物質のつながりとしてそこに存在するのです。
絵を描こうとする時に見えるそれらの関係性は、私にとっては全て線で表すことができるベクトルでできているように見えるのです。
私が線にこだわる理由はそこにあります。
自分が好きなもの、気になるものを「どのように愛して、どのように扱うか」により、作品の説得力と完成度が格段に違うものになります。
自分が感じている世界を表現するためにこだわり抜いて描いた作品、そこに生まれるのは「必然性」です。
その必然性は必ずしも100%全員の同意を得なくてはならないものではありません。
時には自分自身にしか理解できない必然性があるかも知れません。
でもそれで良いのです。
認知能力には個人差があり、同じように世界を見ている人はいないからです。だからこそ自分の強いこだわりが個性となって作品に現れて、作品を観る人に新しい視点による気付きを与えることができるのです。
それが作品の魅力になるのではないでしょうか。
必然性が生まれてくると、同時に「主体性」も生まれてくると思います。
これは創作活動をする上でとても大事な要素です。自分がどうしたいのか、自分の表現するものにどのような意味があり、何故この方法を用いるのかを自分自身で判断して、線を選択して行くのです。
この工程は制作方法に一貫性をもたらします。
ペン画教室の生徒さんでも、最初から主体性を持って取り組んでいる方はごく稀です。
自分自身に何ができるかも分からず、何が好きか、何を描いたら楽しいかも知らない方も実は結構多いのです。
このモチーフをこんな風に描きたいと理想を話して下さると私も指導に熱が入ります。どうしたらそれが実現できるか、手探りでも楽しい旅が始まります。
出来上がる作品も個性があり、魅力的なものが出来上がります。私は伴走者として一緒に作品の完成を目指せることがとても嬉しいです。
必然性と主体性を持って取り組むことを続けていけば、自然と作品は個性的で魅力のあるものになって行くのではないでしょうか。
いずれペン画教室の生徒さんも、私を見本としたペン画とは違う独自の新しいペン画の世界を見せてくれる方が現れるかも知れません。
私は密かにその時を待っています(*´ω`*)